このたび、Health & Wellnessチームの田中、井形、徳岡、水野、井上の5名が日本ロボット学会の主催する第31回 実用化技術賞を受賞しました(ニュースリリースはこちら)。
本ブログでは、表彰された「マウス尾静脈自動注射システム AUTiv」について解説します。
はじめに
動物実験は、医学・生命科学領域の研究や、医薬品の開発において重要な役割を果たしています。特に新薬を開発する過程では、ヒトに対する臨床試験(治験)の前に薬の候補となる物質の生体内での動態や安全性・薬理作用等が動物実験を通じて確認されています。
動物実験において、動物福祉の観点から考慮すべき指針として、以下に示す3Rsの原則が定められており、3Rsに配慮した適切な動物実験の実現が求められています。
・Reduction(動物実験に供する動物数を減らすこと)
・Refinement(動物に与える苦痛を軽減すること)
・Replacement(動物実験を、動物を用いない方法に代替すること)
近年、動物実験領域での自動化が進められていますが、動物の飼育や計測・解析の分野にとどまっており、薬物投与や採血・採尿といった処置のプロセスの自動化は限定的です。ロボットにより薬物投与等のプロセスを自動化することで実験精度も向上し、使用する動物数を減らしても信頼性の高い実験を行うことが可能となり、動物実験の3Rsの原則を尊重するという観点からも国内外で大きなニーズがあると考えられています。
AUTivの開発背景
動物実験の中でもマウスは主に使用される動物の一つであり、日本国内で年間約250万匹[1]、EU圏で約360万匹[2]、USでは数千万匹[3]のマウスが動物実験に使用されていると推定されています。
その中で最も行われる手技の一つがマウスの尾静脈内への薬液投与であるにも関わらず、第 71 回日本実験動物学会総会(2024 年・京都)に夏目製作所が実施したアンケートによると回答者 76 名中 65 名が尾静脈投与を行った経験があり、動物実験に一般的に用いられるマウスの系統である白毛マウスのICRと黒毛マウスのC57BL/6について、初めての投与において ICR で 67%、C57BL/6 で 77% の実施者がその手技を比較的難しいと感じると回答しています[4]。
マウスの尾静脈は注射針と同程度の太さ(0.3mm 程度)であり、実験者には正確な穿刺技術が求められ、技術習得には多くの訓練が必要です。人の手による穿刺は針刺事故のリスクがあり、実験者には失敗できないという精神的負担がかかります。また、スキルのばらつきにより実験誤差が増大する可能性がある為、実験者間による誤差を考慮して同一実験者が担当するなど、柔軟でない働き方も起こり得ます。更に、スキルを持った研究者が行わざるを得ないので、一般的に時間単価が高く、クリエイティブな作業に割く時間が減っています。
倫理面では、経験の浅い実験者の場合には穿刺に時間を要し、穿刺の失敗により動物への負荷がかかる、実験精度の低下により多くの動物数が必要になる、という課題があります。また、尾静脈注射のスキルの習得や維持のための練習にも多くの動物が用いられているという問題もあります。
これらの課題を解決するために開発されたのがマウス尾静脈自動注射システム AUTivです。
AUTivの概要
AUTivは非麻酔下でマウス尾静脈に自動で注射針の穿刺と薬液投与を行う世界初のロボットシステムです(図1)。
図1 マウス尾静脈自動注射システム AUTiv
AUTivを用いると、マウスを保定器に固定したあとはタッチパネルに表示される指示に従うだけでロボットを操作出来るため、作業者がロボティクスの専門的知識がなくロボットの操作に不慣れであっても容易にマウスへの薬液投与ができ、これまで熟練の作業者が行っていたマウスの尾静脈への薬液投与作業が自動化され、動物実験従事者の負担を大きく低減することが可能となります。また、ロボット本体は卓上サイズであり、動物実験室などの従来の作業環境へのロボットシステムの導入障壁が低いことも特徴です。
AUTivは2020年に開始した株式会社Preferred Networks(PFN)と中外製薬株式会社の共同研究(中外製薬公式note)により生まれました。その後、PFNより住商ファーマインターナショナル株式会社(SPI)にライセンス提供され、2024年に株式会社夏目製作所を製造パートナーとしてSPIより日本国内で販売(SPIのプロダクトサイト)を開始しました。
AUTivの特徴
AUTivには、画像処理技術・深層学習技術・精密位置決め制御技術・力制御技術とそれを実現するためのハードウェア技術が統合されています。
従来の静脈認識では撮像時に赤外線カメラを使用する例が多かったのに対し、本ロボットでは高解像度 RGB ステレオカメラと独自の照明方式を組み合わせることで 0.3mm の静脈を撮像可能なシステムを実現しました。また静脈認識には深層学習技術を用いることで、使用頻度の高い系統のマウスに対応し、尾の毛や汚れの影響を極めて小さくした高精度でロバストな静脈認識器を開発しました。
5自由度のステージを用いて静脈と同程度の径の針を穿刺するための精密位置決め制御を行っています。装置にセットした注射器の針先の位置は同じロットのものでも個体差があるため、穿刺ごとに注射針の位置や向きを高精度かつ短時間で校正する独自の2段階キャリブレーション機能を搭載しています[5]。
薬液投与は力による制御を行っており、穿刺時に逆血の確認を行い、成功・失敗を判別可能です。また、薬液を注入できない場合に自動で停止して、マウスの尾に過度な負荷をかけないようにしています。自動注入であるため、実験の目的に合わせたタイミングや指定したスピードでの薬液投与が可能であり、実験の精度向上にも貢献しています[6]。
また、ロボットの装置に不慣れな作業者であっても容易に操作できるように配慮されています。例えば、装置自体のキャリブレーションは、特定の治具などは不要で、注射器をセットすると自動で行われます。マウスを保定器にセットした後はタッチパネルの操作のみで薬液投与まで完了できるように、ユーザーの意見が反映された UIとなっています(図2)。また、異なる系統のマウスへの穿刺や、実験内容に応じた薬液の投与時間の変更にも対応できるよう、パラメータの調整機能も充実しています。さらに、穿刺時の動画は自動で装置内に保存されており、実験後にユーザーが穿刺結果と動画ログを合わせて確認することができます。

図2 ユーザーの意見を反映させた 操作画面
まとめ
AUTivは、熟練者の技術を誰もが再現できるようにするだけではなく、実験者と動物、双方の負担を減らしながら安定して動物実験を行えるシステムを目指して開発してきました。その結果、販売開始から2年が経過し大学や製薬企業を中心として多くのユーザーに活用いただくまでに成長しました。また、海外展開も目指しており、AUTivはまさに実証段階から普及段階へと進みつつあります。
仲間募集中
Health & Wellnessチームでは、長年のAI事業を通じて培われた深層学習・国産マルチモーダル基盤モデル・フィジカルAIなどの自社技術を活用して、医療・創薬・生命科学領域における革新的なソリューションを創出する仲間を募集しています。
https://open.talentio.com/r/1/c/preferred/pages/110767
また、Health & Wellnessチームに限らず全社的に採用活動を行っていますので、ご興味がある方はぜひ採用ページよりご応募よろしくお願いします。
https://www.preferred.jp/ja/careers/
参考文献
[1] 日本実験動物協会:“実験動物の年間販売数調査(令和6(2024)年4月~令和7(2025)年3月の販売数)”,
https://www.nichidokyo.or.jp/pdf/production/R6-souhanbaisu.pdf
[2] European Commission: “2023 Statistical Report, SWD(2026) 100 final,”
https://environment.ec.europa.eu/topics/chemicals/animals-science_en
[3] L. Carbone: “Estimating mouse and rat use in American laboratories by extrapolation from Animal Welfare Act-regulated species,” Scientific Reports, vol.11, no.1, Article no.493, 2021.
[4] 小川哲平,永井類,菅生実果,岩本司,袴田康佑:“マウス尾静脈自動注射システム ~AUTiv™(オーティヴ)~”,LABIO 21, no.94, pp.31–36, 2025.
[5] T. Ko, K. Nishiwaki, K. Terada, Y. Tanaka, S. Mitsumata, R. Katagiri, T. Junko, N. Horiba, H. Igata and K. Mizuno: “Development of a Stereo-Vision Based High-Throughput Robotic System for Mouse Tail Vein Injection,” Proc. of the 2022 IEEE International Conference on Robotics and Automation (ICRA), pp.1777–1783, 2022.
[6] 田中悠輔,井形秀吉,高妻真吾,増田慎平,三股舜,山岸大悟,佐野肇,片桐龍一,竹藤順子,堀場直,井上拓哉,水野和恵:“マウス尾静脈注射ロボットシステムの開発”,第5回日本メディカルAI学会学術集会,2023.

